483名無しさん@おーぷん2014/08/20(水)02:15:53 ID: ID:4D0JUgBYa

今誰かいるのかな・・・
どこかに吐き出したくて仕方ないんだ。
書きためたんだけど、超長文だし、書き込み初めてで書き込んでいいのかわからないし。
勝手に投下していっていいかな

 

484名無しさん@おーぷん2014/08/20(水)02:20:34 ID: ID:3oHesz27F

聞こうか

 

485名無しさん@おーぷん2014/08/20(水)02:21:33 ID: ID:4D0JUgBYa

わ、人がいた。
本当にめちゃくちゃ長いので、うっとうしかったら読み飛ばしてください。
次から投下していきます。

 

4874832014/08/20(水)02:23:51 ID: ID:4D0JUgBYa

何分割になるかわからないけど、投下させていただきます。

いつもまとめを見るだけで書き込みは初めて。何か不手際があったらすみません。
とにかくどこかに吐き出したくて吐き出したくてたまらなかったので、自分語りをさせてください。
兎にも角にも語りたいものを語りたいだけ書いているので恐ろしく長いです。フェイクも有。

とにかく、今、人生で2番目か3番目くらいの修羅場だということ。
今までの修羅場のケアを自分自身にしてこなかったから起きているということ。
読む人からしたらきっと大した修羅場ではないと思う。けど私の中では今でも続く修羅場。

私には、すっぽりと記憶のない期間がある。
その記憶のない期間。それが私の人生の修羅場の始まりだったと思う。

記憶が無い。
正確にはある事以外の記憶がまるでないというのが正しい。
小学校低学年~中学年。そのあたりのことだ。
幼稚園時代や幼年期ではかなり覚えていることも多いというのにその頃のことはすっぽりと記憶が無いのだ。

私は両親と姉弟の5人家族。
私が5歳になる頃に弟が産まれて5人家族になった。
当時、団地住まいだったため5人では手狭になり、年度的にも丁度良いということで、私が幼稚園に入るタイミングで一軒家へと引っ越した。
幼稚園時代はうまく行っていたと思う。引っ越してすぐに友人もできたし、よく遊んでいた。
姉と弟は生まれつき疾患をもっていたため、両親は二人にかかりつき気味で多少寂しい思いもした気がするが、愛されていないと感じることはなかった。
隣家に住む夫婦が少々(いやかなり)頭がおかしく、かなりのトラブルもあったが私の修羅場にはあまり関係ないので割愛する。

つづきます

 

4884832014/08/20(水)02:25:30 ID: ID:4D0JUgBYa

しかし、小学校からは悪い記憶しかない。
小学校にあがると、突如イジメの的にされたのだ。
理由はとても単純なもので、私の苗字が珍しかったかららしい。
姉や弟はそんなことは無かったらしいので、私は運が悪かったのだろう。
名前という自分ではどうしようもない事を理由に、無視から始まり、暴力・暴言、所有物の破損。色々やられたものだ。
だが私自身、大人しい性格ではないので自分から何か仕掛けることは無かったが、やられたらやりかえすのが日常だった。
やりかえすだけでなく、担任に訴えたこともあった。ところが何の役にも立たないどころか、なぜか私が叱られた。
「ぶたれたからといって、ぶちかえしたらいけません。」
「馬鹿と言われたからといって馬鹿と言い返してはいけません。」
「やられたらやりかえすではいつまでたっても終わりません」
なるほど。正論である。では、私はどうやって降りかかる災難から身を守れば良いのか。担任はそれを教えてはくれなかった。
そして、担任がいじめていた者たちを注意することはなかった。

今でもあるのか知らないが、私が小学生の頃は「道徳」という時間があった。
ある日担任は、その道徳の時間を使って学級会を開いた。
テーマは「私さんの嫌なところ。直してほしいところ」。
とんでもないつるし上げ晒しあげだった。
つまり担任は「いじめられる私が悪い」ということだったのだ。
元々、親兄弟、友人などに何かを相談したりしたことはなかった。
私はこれを機に、誰かに自分の苦しみを打ち明けることを諦めた。
「すべて私が悪いのだ」。

私は学校で友人を作ることをやめた。
引っ越してすぐにできた友人とも仲良くするのをやめた。
当時、登校班というものがあり、同じ地域の子供たちは時間を決めて集まってから登校しなくてはならなかった。
私はその登校班に参加することもやめた。
友人たちが登校班でもあからさまに私を嫌がり煙たがるようになったからだ。
ある時、その友人たちが親に私と一緒に登校しないことを叱られたらしく、「なぜ私は登校班で一緒に登校しないのか」とひどく責められたことがあった。
今の今まで、私がいないことにむしろ喜んでいたじゃないか。私の知った事ではない。
友人たちのことを私は完全に無視した。正直どうでもよかった

学校から帰宅して何をしていたかと言うと、決して引きこもっていたわけではない。
私の住んでいたすぐ目の前に子供たちの遊び場があった。
そこには下は幼稚園から上は高校生まで。年齢問わず子供が集まって遊んでいた。
男の子ばかりだったが私もまわりもまるで気にせず遊びまわった。
学校から帰ると遊び場に飛んでいき、サッカーやドッジボール、たかおにやいろおに。とにかく走り回って遊んでいた。
元々身体を動かすのが大好きだった私は更に学校の友人などどうでもよくなっていた。

もちろん学校に行くのは嫌だった。
しかし、学校を休むと外に遊びに行かせてもらえないのでそれなりに通ってはいた。
休みがちではあったのでよく両親に叱られた。

でも、いっそこの時、不登校になっていた方が、今でもこんな修羅場を引きずる事にならなかったのではないかと考えたりもする。